ゴルフの社会貢献

【シニアゴルフの振興】

 

●シニアゴルフの振興とゴルフインストラクターの育成

 ゴルフなどのスポーツの社会貢献を目的として、半田氏により、国際スポーツ振興協会( ISPS )が設立されました。

 特に、障害者のためのゴルフやスポーツの振興、またシニアゴルフの振興、ゴルフ・インストラクターの育成などを、積極的に支援しています。

 平均寿命がますます伸びている現代では、男性も女性も、楽しみと生き甲斐をもって人生を豊かにするには、ゴルフは最適なスポーツです。 ISPS では、男子シニアおよび女子シニアの大会を支援していますが、その大会のプロアマ戦には、必ずブラインドゴルファーを招き、盲目のゴルファー達に、あこがれの有名選手とプレーできる感動を与えています。こうして、シニアゴルフ全体にスポットを当てていますが、それは同時に、盲目のゴルファー達に夢と感動を与え、やる気と生きがいを与えるモチベーションになっているのです。

 そして、「ゴルフの社会貢献」というテーマを掘り下げると、インストラクターの育成が不可欠となります。そのため、 ISPS では、インストラクターの育成と支援にも力を注いでいるのです。

 

●女子シニアゴルフの振興

 2003年、 JBGA は15周年を迎えました。この記念すべき年に、“日本のセント・アンドリュース”と言われる日本最古のゴルフクラブ、神戸ゴルフ倶楽部で、 JBGA のブラインドゴルフ大会が開催されたのです。

 この年、神戸ゴルフ倶楽部はちょうど 100 周年でした。このとき半田氏は、神戸ゴルフ倶楽部の方から、「最初の 100 年はゴルフの普及。次の 100 年はゴルフの社会貢献」ということを聞き、非常な感銘を受けたのです。

 それ以来、半田氏は神戸ゴルフ倶楽部のメンバーにもなり、ブラインドゴルフ以外にも、ゴルフの社会貢献の道を模索し始めました。そして、その翌年( 2004 年)、稲葉真寿美プロとの出会いがあり、女子シニアは試合に出る機会に恵まれていない、という実状を知ったのです。

 50歳でシニアとなる男子と違い、女子は 45歳でシニアとなります。平均寿命がますます伸びている現代では、女性が 45 才でシニア、男性は 50 才でシニアといっても、まだまだ若い盛りというプレーヤーも多いものです。しかも、シニアプレーヤーは年々増えていくのです。しかし、男性のシニア公式戦は、日本やアメリカや欧州にもありますが、女子シニアの公式戦は、当時は世界中でアメリカにしかなかったのです。

 そこで、女子シニアゴルフの振興のために、半田氏の呼びかけで、米国のブラインドゴルフ協会もサポートしている The LEGENDS Tour (米国女子シニアゴルフ協会〔 WSGA 〕)の協力を得て、米国女子シニアの公式戦を日本で行い、それを世界にオープンする大会を開催したのです。

 こうして 2005年4月、特定非営利活動法人日本ブラインドゴルフ振興協会(JBGA )と、世界ブラインドゴルフ協会( IBGA )、 The LEGENDS Tour (米国女子シニアゴルフ協会〔 WSGA 〕)の三者共催で、「第1回ワールドシニアゴルフ レディースオープン選手権」が、日本で開催されました。

女子シニアゴルフの振興

 海外からは、ゴルフ世界殿堂メンバーが3名、すなわち優勝回数 88 勝で、男女含めて優勝数世界一のキャシー・ウィットワースや、パット・ブラッドリー、パティー・シーハンが来日。さらに、南アのサリー・リトル、美しいフォームで有名なシンディー・ラリック、また、よくゴルフカレンダーに登場したジャン・ステファンソンなど、今も多くがレギュラーで活躍する海外のビッグスターが参戦しました。

 日本からは、日本女子の生涯賞金女王の阿玉、第2位の川なよ子、第5位の森口祐子らが出場し、熱戦を繰り広げたのです。

 続いて 2005 年6月、 JBGA の主催で「 JBGA シニアレディスカップ」が開催され、日本女子プロゴルフ協会( JLPGA )の全面的協力を得て、国内の女子シニアプロが多数出場しました。

女子シニアゴルフの振興  JBGAの専属プロ 吉川なよ子プロ
 JBGAの専属プロ  

 すると、これらの試合がきっかけとなり、同年 10 月には「 2005大宝シニアレディースカップ」、 11月には LPGA シニアトーナメント「ふくやカップ 2005  マダムオープン」という、二つの女子シニアの大会が行われたのです。これで、女子シニアの大会は年間5試合になりました。

 翌年、 2006年4月には、「第2回ワールドシニアゴルフ レディースオープン選手権」が、太平洋クラブ御殿場コースで行われ、再び世界殿堂メンバー達が来日しました。

 2006年 11月には、半田氏が代表取締役所長をつとめる菱研が主催する、「菱研シニアレディースカップ」も行われています。

 さらに、 2006年から、日本女子プロゴルフ協会( JLPGA )で、女子シニア登録の制度が始まり、 122 名が登録しました。日本女子シニア初のQT(クォリファイングトーナメント)が行われるなど、女子シニアゴルフはわずか1〜2年の間に、大きく発展したのです。

 女子シニアプロのバイタリティあふれる活躍や魅力は、ゴルフの面白さや可能性を広げ、アマチュアゴルファーのやる気や技術の向上にも役立ちます。そして、これらの大会は、いま活躍している女子プロ達の、将来の受け皿を作るものでもあるのです。

 

●海外でのシニアゴルフの振興

 海外では、 ISPS は The LEGENDS Tour と協力し、 2006 年 11 月、オーストラリアで「 HANDA AUSTRALIA CUP 」を開催しました。

 これは、男子シニア、女子シニア、男子ジュニア、女子ジュニアが一緒に、ひとつのタイトルを争う世界初の大会です。シニアは、ジュニアに自らの熟練の技を伝え、ジュニアはシニアのすぐれた技術やゴルフへの姿勢、またマナーや経験智を継承する機会を得、非常に意義深い試合でした。そして、地元のマスコミからも、大変注目されたのです。

 また、 2006 年 12 月、 ISPS では、 The LEGENDS Tour と協力して、「 HANDA CUP AMERICA 」を開催。これは、女子のソルハイムカップや男子のライダーカップといえる、女子シニアのための大会で、米国女子シニア対世界選抜女子シニアの団体対抗戦です。フロリダ州セントオーガスティン(世界ゴルフ殿堂)で、世界で初めて行われました。日本からは樋口久子プロが、世界選抜チームのキャプテンとして参加しました。

 この試合は、圧倒的な強さで米国チームが勝ちましたが、地元のテレビや新聞、ゴルフ雑誌に大きく紹介されました。しかし、何よりも感動的だったのは、ウェルカムパーティーが世界ゴルフ殿堂のホールで行われ、参加選手と大会の名が、ゴルフ殿堂のレンガの道に刻まれたことです。即ち、世界のゴルフの歴史に、新たな1ページを印したわけです。そして、そのことを、ゴルフ殿堂のコミッティーが認めてくれたことの意義が大きい。この大会も、毎年行われる予定です。

 その後、半田氏は世界の女子シニアに対する貢献を認められ、さらに、世界の女子シニアゴルフの振興を託され、 2007 年5月に、 The LEGENDS Tour (米国女子シニアゴルフ協会)の会長(チェアマン)に就任しました。日本人の男性が、世界一の女子シニアゴルフ協会の会長に就任するのは、大変異例なことです。それだけ、大きな信頼と期待が、半田氏に寄せられているのです。また、半田氏のゴルフに対する情熱、インターナショナルな活動や人間性、また豊かなユーモアセンスを、世界の女子シニアが尊敬するので、協会が就任依頼したそうです。

海外でのシニアゴルフの振興 2006年 12月17日 The Times Union-Jacksonville
2006年12月17日 The Times Union-Jacksonville

●男子シニアゴルフの振興

 2007年、日本プロゴルフ協会( PGA )のお申し出により、 ISPSでは、男子シニアゴルフの3大公式戦の一つとなる、「 PGA Handa Cup フィランスロピー シニアトーナメント」に特別協賛する運びとなりました。この大会は、シニアツアーの史上最高賞金総額、及び史上最高優勝賞金となるものです。そして、フィランスロピー(人類愛)という大会主旨に基づき、賞金の一部は社会福祉団体に寄付されるものです。また、プロアマ戦には、ブラインドゴルファーが 10 組出場する予定です。

 女子シニアと並んで、男子シニアの振興も、活動の柱のひとつとして支援していくものです。

 

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