教育・福祉活動

【オーストラリア】

 

●日本語を学ぶ学生へ、日本留学支援スカラシップ

 西オーストラリア州の州都パース市にある、西オーストラリア州立カーテン工科大学では、半田氏がリーダーを務める団体が 17年以上にわたってスカラシップを続けています。

 このスカラシップはオーストラリアにおける最古、最長の日本語学習奨学制度であり、大きな実績と高い評価を得ているものです。このスカラシップにより、日本語を学ぶオーストラリアの学生の中でも、特に成績優秀な学生が毎年二名ずつ、日本へ留学しています。

日本語を学ぶ学生へ、日本留学支援スカラシップ
スカラシップに感謝を述べる奨学生のドン・カメロンさん
スカラシップに感謝を述べる奨学生のドン・カメロンさん

 

●オーストラリアン・シンギング・コンペティションを支援

 「オーストラリアン・シンギング・コンペティション」は、オーストラリアで最も権威のある声楽コンクールです。このコンクールは将来性のある声楽家たちを大きく育てようという趣旨で行われ、奨学金として与えられる賞金総額は9万オーストラリア・ドル(14種類の賞の総額)。

 このシンギング・コンペティションは、今までに素晴らしい歌手をたくさん生み出してきました。ここで賞をとると、世界でも屈指の先生に学ぶことができ、また世界のトップレベルの音楽家たちと協演できるからです。まさに、このシンギング・コンペティションは、世界レベルでの活躍への登竜門だと言えます。このコンペティションは、 1998 年からは、オーストラリアオペラ協会と NPO 法人世界芸術文化振興協会の共催で行われています。また、優れた声楽家の留学を支援するために、 IFAC 会長である半田氏の名前を冠した “ハルヒサハンダオペラスカラシップ賞”を授与しています。

 

●オーストラリアン・オペラスタジオを設立

 半田氏が代表を務める NPO 法人世界芸術文化振興協会では、世界的なバリトン歌手グレゴリー・ユーリシッチ氏と共同で、パース市に「オーストラリアン・オペラスタジオ( Australian Opera Studio 〔略称: AOS 〕)」を設立しました。同校の生徒は、音楽大学卒業レベル以上の実力をもつ、新進アーティストたちです。このオペラスタジオは、本当に才能と可能性ある彼らを、さらに世界超一流の舞台で通用するトップアーティストに育てるため、実演オペラやコンサートを通して育てる教育機関であり、世界でも類を見ない試みとして、各国の音楽関係者からも注目を集めています。

 世界三大テノールの一人プラシド・ドミンゴ氏が名誉総裁に就任しています。 このスタジオの模様は、 MX テレビで詳しく紹介されました。

 

●ハンダスタジオを寄贈 ハンダスタジオを寄贈

 西オーストラリア州立エディスコーエン大学では、半田氏が代表を務める団体より「ハンダスタジオ」を寄贈するなど、教育支援を行っています。

 

 

●スピーチ&ヒアリングセンターに図書館を寄贈

 オーストラリアでは、国民の7人に1人は耳が悪いのです。理由は、幼児の頃からプールに行かせる習慣があるためらしいのです。

 そこで、半田氏がリーダーを務める団体では、耳の不自由な子供達がもっと楽しい人生を送れるようにと、西オーストラリア州パース市にあるスピーチ&ヒアリングセンター(聾唖センター)内に、専門図書館兼遠隔教育センターを設立しました。

スピーチ&ヒアリングセンターにて

 同センターは、支援団体の代表である半田氏の名をとって、「半田センター」と命名されました。

 同センターのポール・ヒギンボサム所長は、次のように感謝しています。

「半田センターができたことによって、聾唖者と関わる職業の人や家族は、一般の図書館では手に入りにくい書籍や雑誌、ビデオ、 CD-ROM 、その他の専門図書を手にすることができるようになりました」

 

●西オーストラリア州ブラインド・スポーツ・センター設立

 西オーストラリア州立カーテン工科大学の調査によると、盲人は病気の発生率が高いという統計が出ています。その原因のひとつとして、外へ出る機会が少ないことがあげられています。このことから、これからの盲人福祉は、一人ひとりを個別にケアするより、盲人スポーツの振興に務める方がより重要な課題であるとして、半田氏の率いる団体では、西オーストラリア州に、代表者である半田氏の本名を冠した「ハンダ・スポーツ・アカデミー・アンド・レクリエーション・センター」( Handa Sports Academy and Recreation Centre )の設立を決定しました。 2007年9月に完成する予定です。

 半田氏の率いる団体は、 19年間にわたって西オーストラリアの盲人ゴルフ協会を支援し、盲人のオーストラリアンオープンを後援してきましたが、これで、盲人福祉への支援活動が一層幅広く、大きなものになったのです。

 

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